鄭昌鉉の金正恩時代の北朝鮮を読み解く| 2016年06月11日(土)
「今年(2013年)4月から各工場では収益によって従業員の給与を自由に決定できるようになった」
2013年6月13日、平壌に支局を置く共同通信がルポ記事の中で明らかにした内容だ。これについて共同通信は、朝鮮総連機関紙「朝鮮新報」の報道を引用、「改革措置が先行導入された平壌の電線工場では、従業員の給与が20~30倍に増えた」と報道している。
北朝鮮は2012年から工場や企業所に「支配人責任経営制を全面的に実施する」ことを骨子とする「社会主義的」経済管理改善措置を試行し始めたという。これにより各工場や企業所では、党の責任秘書と支配人の責任の下に独立採算制が強化され、生産計画から物資調達、生産物販売、分配まで責任を持つようになった。
賃金面でも、労働者がより多く働けば働くほど、企業所がより多くの収益を上げれば上げるほど、賃金を多く受け取るようになった。もちろん、このような措置はすでに2002年に「社会主義経済管理措置」(「7.1措置」)以後、北朝鮮が試験的に試みてきた政策だ。13年に入り、このような政策が全国に広がったようだ。
「7.1措置」当時の15~25倍の賃上げ
北朝鮮は社会主義政権樹立直後の1949年、内閣決定第196号によって賃金基準を定めたが、一般的には軽労働より、重労働であればあるほどより多くの賃金を受け取るようになっていた。また、おおよそ事務職が技術職より生活費水準が低く策定されていた。北朝鮮当局は早くから、適当に働いても毎月一所懸命に働く労働者と同じような生活費を受け取る怠け者たちを量産してしまう「平均主義的分配」について批判し、「働いた分、儲けた分」という分配の原則を守るように各工場と企業所に指示した。しかし、このような分配の原則はきちんと守られず、労働生産性の低下と生産目標への未達を招いた。
北朝鮮はこのような現象をなくすために2002年7月1日、「社会主義経済管理改善措置」を実施した。「実利」と「利得」による分配を徹底して行うようにした措置だった。「儲けた収入による評価」「生産者に比重を置いた価格調整」を骨子とする「7.1措置」以後、各企業では業種別、技術者の資格級数別の生活費基準を再設定し、得た収入の中で労働定量と作業課題の遂行の程度によって生活費を計算し、支給されるようになった。
こうして、勤労者の生活費のうち成果給で差が生じ始め、北朝鮮住民の個人別、世代別の所得格差(賃金格差)が本格的に出始めた。北朝鮮当局も「社会主義原則を徹底して守りながら、最大限の実利を得ることは、経済組織事業において守るべき重要原則。社会主義分配原則を実施することについては平均主義をなくし、仕事を多く行った者には物質的に多くその成果を分け与えるだけでなく、政治的にも評価を受けるようにすべきだ」と強調している。
北朝鮮は2002年の「7.1措置」を実施し、労働者の賃金体系を大々的に改編し、新たな基準賃金を定めた。平均して15~25倍程度の生活費が引き上げられた。国内外のメディアと専門家は、この基準によって北朝鮮労働者の平均賃金を今でも2000ウォン程度と評価する。中国共産党の機関紙「人民日報」の姉妹紙である「環球時報」は最近掲載した平壌ルポで、北朝鮮人の月平均収入は北朝鮮ウォンで4000~5000ウォンと紹介している。しかし、このような評価は少なくとも現在の平壌の実情とはかけ離れているように思える。
2012年にオープンした平壌市内の綾羅人民遊園地の入場料は2000ウォンだ。凱旋青年公園のそれは国家的施策によって300ウォンとなっているが、いくつかのアトラクションを利用すれば1人当たり1000ウォンをすぐに超える。それでも、これら2カ所はいつも人で混み合っている。12年、平壌に新たにオープンした柳京苑は8000平方メートルほどの4階建てで、大衆浴場、家族向け、個人向けなどの浴場とサウナや美容、マッサージ、体育施設、食堂などが入っている。入浴料が北朝鮮ウォンで100ウォンだが、サウナ利用料は5000ウォン。2階にある卓球場を2時間利用するためには1000ウォンが必要だ。柳京苑の前にある人民野外スケート場は、毎日数百人に達する若者が利用しているが、スケートを持っている人は1800ウォン、借りる人は3000ウォンの支出となる。
2012年から本格的に普及し始めたインラインスケートは、22万1600ウォン(光復通りスーパーマーケットでの販売価格)、チキン丸焼きは1キログラム1万ウォン、肉餃子1キログラムは3000ウォン、銀河水お菓子5キログラム1万8000ウォンなどで売られている。11年にオープンした普通門通り肉商店では、七面鳥の肉が1キログラム1300ウォン、アヒルの肉が1キログラム700ウォン、豚の足肉が同500ウォンで売られていた。もし平壌の労働者の平均賃金が2000~5000ウォンであれば、これら商品を買ったり遊園地を利用することは不可能だ。
2000年代半ばの基準で生活費より6倍以上を受け取る
それならば、平壌の労働者の賃金はどの程度か。共同通信は「平壌の電線工場では、従業員の給与が20~30倍に増えた」と報道した。残念ながら、この報道だけではこの工場の労働者がどれほどの給料を受け取っているかはわからない。「平壌の電線工場」は、平壌ピョンチョン区域セマウル1洞にある平壌326電線工場だ。筆者は運良く、2006年5月12日と16日の2回にわたってこの工場を訪問した経験がある。
当時の工場を訪問し、労働者の賃金について質問すると、この工場のキム・ソンウン技師長は「技術者の技能級数は1~6級に分かれており、旋盤工の場合1級は6級の2倍程度の生活費を受けておる」と打ち明けた。しかし、勤労者の1人当たり生活費については言及を避けた。ところが、工場内部に掲げられていた2005年度の「工場財政公示板」が決定的な情報を提供してくれた。北朝鮮のすべての工場や企業所は、勤労者に工場財政公示を行うようになっている。この工場のそれは、情報の露出を避けるため消されていたが、写真を判読してみると消えていた内容が復元できた。これによると、05年度の工場の運営状況と労働者の賃金水準がある程度把握できる。
2005年にこの工場の月別総収入計画はおおよそ6800万~7700万ウォンのライン。実績は8400万~9700万ウォンラインで、19~43%程度の計画超過を達成したことがわかった。収入も計画より11~57%超過達成している。工場の1人当たり平均生活費支給額は、もっとも少なかった2月が1万3574ウォンであり、最も多かった9月が3万2000ウォンだった。韓国とは違い、月別成果給の額面によって生活費の偏差が大きいことがわかる。職場別で生活費支給額も違ってくる。05年6月の場合、工場平均の生活費は2万0104ウォンだったが、延伸職場では2万4179ウォン、ケーブル職場では2万2363ウォン、絶縁職場は2万3582ウォン、生活必需品職場は1万9829ウォン、自力更生職場は2万2807ウォン、公務職場は2万0685ウォンで、最大4400ウォン程度の差が出ている。
2002年の「7.1措置」で公開された「生活費基準法」によれば、電力工業分野の労働者の生活費は最低1140ウォン、最高4780ウォンと定められている。しかし、生活費、奨励金、賞金を合わせた05年度の平壌326電線工場における1人当たり平均賃金は2万ウォン台だった。2002年の労働者の平均賃金が2000ウォンである場合、10倍程度の実質賃金を受けていることになる。
同時期に訪問した別の工場労働者も、通常、基準生活費1100ウォン(最低)から4000ウォン(最高)に成果給が加わり、1万~1万5000ウォン程度の賃金を受け取っている。韓国や中国が投資した合営会社に勤務する労働者の賃金は、おおよそ1万5000ウォン前後だった。中国の支援で建設された大安親善ガラス工場のパク・ジョンウン第1支配人は、2006年5月16日に面会した際、「平均生活費が1万ウォンを超えるが、成果給が6000ウォン程度を占める」と述べた。高麗ホテルなど特級ホテルに勤務する女性従業員の場合、平均7000~8000ウォン(基準生活費は1000~2160ウォン)であり、最も多く受ける月には1万5000ウォンを超えることもあるという。
2006年1月に発表された韓国・統一研究院のクォン・ヨンギョン教授の研究(『北朝鮮の最近の経済改革進行動向に対する分析』)によれば、「7.1措置」以降、石炭や工業分野の労働者の実質賃金は3万~6万ウォン、一般生産職の労働者は1万ウォン、サービス業従事者は1万8000ウォンから2万ウォン程度を受け取るとされている。
北朝鮮の一般家庭でこの程度の賃金は相当なレベルだ。2003年10月初旬、平壌の高麗ホテルで出会った30代半ばの女性従業員のケースが参考になるだろう。娘1人を持つこの従業員は、請負給を受け取り、世帯主(夫)は大学教授で定額賃金を受け取る。
「世帯主と私の生活費(賃金)を合わせれば8000ウォン程度。毎月差があるが、コメの販売所でコメを買う時には1500ウォン、市場で副食物を買う時は月2000ウォン程度、その他支出が3500ウォン程度。賢く使えば、毎月1000ウォン前後の貯金ができる」
2003年当時の平壌市人民委員会の副局長のケースも似ている。彼の賃金は3500ウォン、夫人は2000ウォン、請負賃金を受け取る長女は3000ウォン、次女は1500ウォンを受け取り、この家庭の総収入は1万ウォン程度だった。「国で供給されるコメが1キロ当たり44ウォン、家族で必要なコメを買うとひと月1600ウォンあれば十分で、住居費や電気代も400ウォンを超えない。もちろん、国営商店にないものは市場で買わなければいけないが、それでも家計はやっていける」。
最近の平壌326工場労働者の賃金が20~30倍増えたという。この報道が事実であれば、40万~60万ウォンの賃金を受け取っていることになる。参考として、平均月100ドルの賃金を受け取る開城工業団地の労働者の場合、北朝鮮の市場レート(1ドル=8000ウォン)で換算すれば80万ウォンになる。同様に、韓国統計庁と韓国銀行が発表する北朝鮮の1人当たり国民所得(GNI)は、2011年で1250ドルだった。これと比べると、この工場の平均賃金は高いとは言えない。ただ、この工場が北朝鮮では「先軍時代の現代化されたモデル工場」である点を考えると、一般的な工場や企業所労働者の賃金は、これよりも低いことになるだろう。
定額賃金を受ける事務職勤労者の生活はギリギリ
工場や企業所のように独立採算制が適用される単位とは違い、固定給で受け取る事務職の場合、事情は少し変わってくる。北朝鮮労働者の賃金、すなわち生活費は原則的に請負給制(独立採算制)が適用される。ただ、労働定量を正確に計算できなかったり、労働の結果を数字で評価するには難しい部門の勤労者には定額賃金制を適用される。したがって、大部分の事務員は定額賃金勤労者だ。もちろん、定額賃金制でも作業した労働時間と技能、技術、資格の程度によって基本労賃は変わってくる。事務員のなかでも党官僚、行政機関の事務職従事者の場合には定額賃金の適用をを受け、機関や企業所の管理者や事務職の場合は所属の生産職従事者の請負賃金に準じて支給する請負賃金制が適用される。
したがって、定額賃金制を適用される政務員(公務員)や事務職労働者の場合、請負賃金制の適用を受ける工場や企業所労働者よりも賃金水準は低い。「7.1措置」直後の基準によれば、労働党の指導員が3500ウォン前後、中間管理職が2400ウォン程度だった。教授は4000ウォン程度の賃金を受け取る。2006年に会った北朝鮮側のある政務員は「25年程度勤務したが、現在の生活費として3600ウォン程度を受けている。これだけでは生活は厳しく、妻も働いているため、二人の収入を合わせればなんとか生活が可能だ」と述べた。
そのため、定額賃金を受け取る事務職勤労者はおおよそ共働きや夫人が市場に出て商売しないと、安定的な生活ができない。2007年に出会った30代半ばのある事務職女性は「私は外国代表団が来れば通訳して副収入を得られるため関係はないが、そんな副収入がない場合には市場で商売をして足りない生活品を補う」と言う。
工場や企業所が独自に賃金水準を決めることが増えて、賃金が増えることに比例して、定額賃金制の事務職勤労者の賃金も金正恩時代になって引き上げられた可能性が高い。北朝鮮は2000年半ばから数回、事務職勤労者の生活費を引き上げたことがある。現在、事務職勤労者の賃金がどの程度引き上げられたかは確認されていない。
ただ、携帯電話の購入・利用、スーパーと専門商店の利用など、最近の消費行動を見ると、北朝鮮住民が賃金引き上げ以外にも商売など多様な形で副収入を得ていると思われる。