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北朝鮮への太陽政策を止め「白紙」から考えよう

ニュースリリース|トピックス| 2024年10月14日(月)

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 この文章を書きながら、以前に『ハンギョレ』に書いたコラムを振り返ってみた。2022年7月に書いた「北朝鮮が大きく変わった、どうすべきか」では、朝鮮(北朝鮮)が貧困と孤立から脱却する核保有国になっているとし、北朝鮮に対する認識と政策の総体的な見直しが必要だと主張した。

 2024年4月22日付のコラムでは、北朝鮮を「朝鮮」と呼ぼうと提案した。1カ月後のコラムでは、「有事の際の武力統一論」の絶望と危険性を指摘し、これに注ぎ込んでいる膨大な有形・無形の資源を韓国の複合・多重危機への対処に使おうと訴えた。

 そして8月11日付の記事では、「私たちの中の北朝鮮」を捨てて「ありのままの朝鮮」を相手にしようと書き、「脱北者の想像力」と「2つの国家論の公論化」の必要性を提起した。このような問題意識の延長線上で、本稿では「すべてを捨てて白紙の状態から始めよう」という趣旨を込めた。対北朝鮮政策の代表的な模範事例と言われてきた「太陽の光政策」まで。

 まず、理想(目標)と現実の間の極端な不一致を指摘してみよう。1991年から追求してきた朝鮮半島の非核化は、北朝鮮の核とアメリカの核が鋭く対立する「ほぼ不可逆的な核時代」に道を譲った。南北経済協力と朝鮮半島経済共同体建設によってユーラシア大陸に向けて韓国経済の翼を大きく広げようという夢も蜃気楼のように消えた。停戦体制を終わらせ、平和体制を構築しようという目標も、政策はもちろん、言説の領域でさえ見られなくなった。南北・日米・日朝国交正常化を促進して朝鮮半島はもちろん、北東アジアの平和を図ろうという構想も、北東アジアの新冷戦ムードに阻まれている。ついには、統一志向的な特殊関係論さえも、敵対的な二国論に取って代わられる危機に陥った。

 このように破綻したのは、2019年2月の「ハノイノーディール」と2022年5月に発足した尹錫悦政権の暴走のせいだけだろうか。陣営というメガネを外してみると、必ずしもそうではない。

 文在寅政権は「米朝関係さえうまくいけばいい」という考えと期待に傾倒し、自身の言動が南北関係に及ぼす影響には鈍感だった。このため、2018年に文政権を「歴代級の歓待」で向かえ入れた金正恩政権が、2019年に入って近親憎悪を抱いた理由を知らなかった。

 そのため、民主平和勢力には尹政権に対する批判と抵抗に劣らず、反省と準備が必要だ。まず、太陽政策の継承・発展を自任していた人たちが痛切に反省することが必要だ。太陽政策は先経後政、先易後難、先民後官、先供後得などのことわざで表現されてきた。

 それぞれ個別の意味もあるが、一文でまとめるとこうなる。「民間が先に手を差し伸べ、政府が後押しして困難な北朝鮮を助け、比較的簡単な経済協力を通じて、より困難で難しい政治軍事問題の解決を図り、北朝鮮の軍事的脅威を解消しよう」。これを「経済と平和の交換戦略」と呼ぶこともあり、金大中政権時代の南北関係と朝鮮半島の現実をよく反映し、少なからずの成果を出した。

 「後政」と「後難」、そして「後得」の核心は軍事問題にあった。そのため、金大中の後を継いだ政権は軍事問題の解決を図ろうとするか、そのための土台を築くべきだった。しかし大規模な軍備増強を選択し、軍事問題解決の敷居を高くしてしまった。

 転換の機会がなかったわけではない。2010年代に北朝鮮の核・ミサイル開発と対北朝鮮制裁の悪循環が強まり、南北経済協力の再開は非常に困難になった。このような状況で会った文大統領と金総書記は「先手後攻」へ方向を転換した。

 2018年の4・27板門店宣言と9月の平壌共同声明に、軍事問題の解決が経済協力より優先順位が置かれたのも、このような文脈から生まれた。とくに首脳会談の合意文に初めて「段階的軍縮」の推進が含めたこともあった。しかし、合意文のインクが乾く前に、文政権は史上最大規模の軍備増強を実施した。

 「貧しく孤立した北朝鮮」という認識とアプローチは、太陽政策の剥製化につながった。金大中の太陽政策は、時代的状況を反映した「一時的な表現」と見なければならない。彼の哲学と精神は、和解協力と平和定着、相互承認の完成と段階的統一にあった。これが太陽政策で表現された理由は、金大中政権発足前に吸収統一論が猛威を振るっており、韓米日の対北朝鮮政策が関与よりも圧迫に重点を置いていたのに加え、朝鮮が「苦難の行軍」と呼ばれるほどの大飢饉に苦しんでいたからだ。それゆえに、「支援と接触を通じた変化」が成立し、成果もあった。

 しかし、太陽政策に対する教条的なアプローチは、変化した現実を正しく反映することも、退行的な現実を変えることもできなかった。その中心には、これまでの経済難と食糧難に対北朝鮮制裁の強化とコロナ禍が加わり、朝鮮の経済と民生がさらに困難になったという認識、そのために「朝鮮は韓国の助けを求めるだろう」という確信があった。

 だがこのようなアプローチは、「変わった朝鮮」が韓国の支援や南北経済協力をもはや優先させず、自らの力で難関を克服するという路線に合致するものではなかった。「北朝鮮は経済状況が厳しいゆえにわれわれの助けを必要とするだろう」という自己確信は、南北首脳会談と米朝首脳会談での合意事項に対する鈍感さにつながった。

 文政権が歴代級の軍備増強と韓米連合訓練を継続したことがこれに該当する。金総書記がコロナワクチン支援や個別観光などの経済協力事業を「非本質的な問題」とし、「根本的な問題」、すなわち韓国の先端兵器導入と米韓連合訓練の問題を提起しても状況は変わらなかった。

 民主平和陣営の「貧しく孤立した北朝鮮」という見方は、朝鮮が「敵対的な二つの国家論」を持ち出しても大きく変わらない。一般的に、朝鮮が核とミサイルの量的・質的増強に執着し、韓国との関係断絶を続ければ、再び経済難に陥るだろうと診断する。

 そして、金正恩政権が考えを変えなければならないとか、朝鮮の状況が変わることに備えなければならないと言う。しかし、朝鮮は経済発展においても目覚ましい成果を上げており、たとえ再び経済難に陥ったとしても、過去に戻る可能性は非常に低い。

 それにもかかわらず、朝鮮の経済難を恒常的なものとして見て機会をうかがう態度は、私たちが何を反省し、何を変えるべきかを考えようとしない怠惰にさせている。

 では、太陽政策を捨てるべきなのか。死即生の精神で哲学と意志を除けば、名称を含めてすべて捨てるべきだ。金大中氏の代表的な言葉である「書生的問題意識と商人の現実感」は、現実打破的な問題意識も冷徹な現実認識に基づかなければならないことを意味する。

 ところで、先に述べた「理想と現実の不一致」は、対北朝鮮政策の条件と環境が太陽政策を推進した時期とは明らかに異なっていることを示している。とくに対北朝鮮政策の相手である朝鮮があまりにもあまりにも変わってしまったのである。

 太陽政策を捨てて、代替案はあるのか。先述した「脱朝鮮」とともに、自分から利益を得ながらも関係にも利益をもたらすことができる「利己利関」のアプローチが必要だ。このような造語は、いくつかの問題意識の表れである。

 第1に、私たちは「北朝鮮の変化」のためにあまりにも多くの有形・無形の資源を消費してきたが、肝心の朝鮮はわれわれが望む方向とは逆方向に変わったという「冷静な現実」である。第2に、韓国があまりにも深刻な複合・多重の危機に直面しているという「憂鬱な現実」である。第3に、この2つが重なり太陽の光政策であれ北風政策であれ、従来の対北朝鮮政策が終焉を迎えたという「政策的現実」である。第4に、このままでは生きていけないので、何か新しい代案を模索しなければならないという「切迫した現実」である。

 この4つを貫く問題がある。盲目的な軍事主義がそれだ。対北朝鮮政策の核心的な目標が非核化を含む「北朝鮮の軍事的脅威の解消」なのに、韓国は飛躍的に軍事力を強化してきた。民生需要が大幅に増加してきたにもかかわらず、国防費は空高く舞い上がり、防衛産業の雇用創出効果が極めて低調であるにもかかわらず「K-防衛」に酔いしれている。

 進歩(革新)と保守の対北朝鮮政策に大きな違いがあるように思われるが、太陽政策を継承するという政権が軍備増強にさらに没頭してきた。韓国の軍事力は史上最強になりつつあるのに、安全保障不安はより大きくなっている。

 このような現実を直視すれば、問題の解決策も模索できる。その出発点はさまざまな危機がつながっているということを自覚することにある。このような自覚は、韓国の危機を解決しようとする努力が南北関係の改善と朝鮮半島平和にも貢献できるという「融合的思考」の土台となる。

 融合的思考の中心には軍備統制と縮小を置くべきである。大規模な軍備増強をしながら軍事的信頼構築を図った過去の「二重思考」と決別し、今は軍備統制と縮小が「連結された危機」を緩和・解決するためにどのように貢献できるかを考えなければならない。

 当たり前のことだが、60兆ウォン(約6兆円)に達する国防費を制限すればするほど、日々悪化する民生分野に投入できる財源は増える。50万人に達する兵力数を減らせば減らすほど人口急減時代に対応し、適応できる能力を養うことができる。

 圧倒的に世界最大規模である韓米連合訓練をはじめとする軍事演習を減らせば、炭素排出と環境汚染も減る。これらはわれわれにとって有益なことだと思うが、「北朝鮮の核があるのにそれが可能なのか」という反問があるだろう。しかし「北朝鮮の急変事態」発生時に吸収統一をするという考え、戦争が起きたら武力で統一するという考えを捨てればいくらでも可能だ。

 実際、このような「統一の夢」がいかに自傷的で消耗的な発想であるかは、冷静に考えてみればわかる。また、このような選択は、北朝鮮に対する抑止力を強固にしながらも、南北関係の改善と朝鮮半島平和を図る可能性も秘めている。

 「接触を通じた変化」を目指した太陽政策の有効期限は過ぎた。今は「変化を通じた接触」に変える時であり、「北朝鮮を変化させよう」という強迫観念を捨てて、私たちの危機を解決できる変化から模索する時である。その変化がわれわれから利益をもたらし、関係にも利益をもたらすことができれば、公論化する価値は十分にあるだろう。

 他の分野は行き詰まり、政治軍事的緊張だけが高まっている現実は、軍事問題解決に集中できる逆説的な機会でもある。世界5位に達した韓国の軍事力は、利己主義の精神で軍備統制と縮小を積極的に検討できる物理的な土台である。今こそ必要なのは勇気と知恵ということだ。

(2024年10月14日『ハンギョレ』、鄭旭湜ハンギョレ平和研究所所長)
 


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