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北朝鮮の新型コロナウイルスへの対応:特徴と示唆

ニュースリリース|トピックス| 2020年04月12日(日)

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韓国・国家安保戦略研究院・キム・ホホン

 北朝鮮が新型コロナウイルスに対応し、2020年1月末に「国家非常防疫体系」を宣言して2カ月あまりが過ぎた。北朝鮮はこれまで、中央人民保健指導委員会の指揮の下で全方位的な防疫活動を展開している。3月初旬には「国家非常防疫総括会議」を開催し、これまでの活動を総合評価し、今後の対策について議論した。北朝鮮は同会議で「肯定的な措置に対する評価とともに、一部否定的な現象を強く総括(批判)」し、「新型コロナウイルスが世界的に収束する時まで、国家非常防疫体系を維持する」と明らかにした。北朝鮮の全般的な対応は、非常設の国家非常対策機関を中心に中央と地方が緊密に連携するという、これまでの新種の伝染病発生時の対応と似ている。しかし、次のような特徴も見られる。

迅速で強力な初動対応

 1月9日に中国・武漢市当局が新型コロナウイルスによる初の感染者と死亡者発生を発表した直後から、北朝鮮は今回の事態が非常に深刻なものとの判断を下したものと思われる。「労働新聞」を通じて防疫事業を「国家存亡と関連した重大な政治問題」と規定したことは、各機関と人民の警戒心を高めるためだったとも言えるだろう。しかしそれ以上に、北朝鮮の最高指導部がコロナ事態に対して厳しい認識を持ったとも言える。このような認識は、1月22日に中国と国境を接する14カ国のうち最も早く、国境を封鎖したことからもよくわかる。国境封鎖は北朝鮮経済に大きな打撃を与えうるだけでなく、外交面でも負担となる敏感な問題であったにもかかわらず、迅速な決断を下したことになる。

 過去の事例と比べても、国境封鎖やその後続措置がとても迅速に行われた。2003年の中国でのSARSが発生時では、その事実が外部に知られてから1カ月は事態を傍観していたものの、5月初旬になってようやく中国との航空路線を遮断し、新義州の税関を閉鎖している。また、2014年のエボラ出血熱では、欧州で最初の患者が発生した10月6日から17日後に国境を閉鎖した。

 今回の新型コロナウイルスの場合、発生発表から13日後に中朝国境を封鎖し、新義州と丹東の税関を閉鎖し(1月28日)、南北連絡事務所の稼働を中断(1月30日)、中朝間の鉄道運行と航空便の中断(1月31日)といった追加的な外部遮断措置も迅速に行われた。隔離期間もそれまで21日だったものを最長40日にまで延長した。

 金正恩委員長も北朝鮮当局の初動対応が効果的だったという認識を示している。2月29日に開催された朝鮮労働党政治局拡大会議で「感染速度がとても速く、潜伏期間も不確定であり、感染ルートに対する科学的解明が不足した条件において、朝鮮労働党と政府が当初から強力に行った措置は最もしっかりとしており、信頼性が高い先制的で決定的な防御対策だった」と自己評価した。

金正恩委員長が直接関与して首脳外交に活用

 これまでの伝染病発生時とは違い、今回は金委員長が直接、関与した。金委員長は国家非常防疫体系へ転換して1カ月経った2月29日に政治局拡大会議を主催し、コロナと関連する具体的な業務指示と行動指針を下達した。金委員長は「伝染病が流入すれば、後に大きな禍根を残す」と述べるなど防疫事業の重要性を強調し、すべての機関と団体が指揮部の統制に無条件で絶対服従することを指示した。事態の深刻さを強調し、防疫当局に力を与えたことになる。また最高人民会議と内閣には防疫権限の強化と感染症関連の法・制度を補完することを指示した。このような指示により、最高人民会議は「伝染病予防法」をこれまでのコロナ対策の経験を反映させ、現実に合わせて改正した。

 一方、北朝鮮はコロナ事態を首脳外交の素材として戦略的に活用した。中朝国境封鎖直後、中国にキム・ソンナム労働党第1副部長を派遣して慰問書簡と支援金を渡し、弾道ミサイルの発射による南北間の緊張局面では、文在寅大統領にコロナへの対処を慰労する親書を送った。また金与正・党第1副部長談話を通じて、トランプ大統領がコロナ防疫に協調する意向を伝えたことを公開。同時にトランプ大統領と金委員長の個人的な付き合いを誇示しながらも、米朝関係改善のために米国側にこれまでの態度を変えるように促している。

住民に対する外部状況の伝達と防疫教育の強化

 北朝鮮はコロナ事態について、住民に海外の動向をこれまでよりも詳細に伝え、防疫・衛生教育を大幅に強化している。北朝鮮は労働新聞などのメディアを通じ、住民に主要国の感染者数と防疫対策、世界保健機関(WHO)の発表内容など海外動向を連日、詳細に伝えている。また防疫に必要な基本知識と行動要領を継続して広報している。労働新聞におけるコロナ関連の報道内容を、過去の伝染病のケースと比べてみると、報道の分量と内容面で差が大きい。エボラ出血熱、MERS、新型コロナウイルスの発生で北朝鮮が国家非常措置に入ったことがわかってから1カ月間の労働新聞の報道内容を比べてみると、次のようになる。

<感染症に関する「労働新聞」の報道動向>
・エボラ出血熱(2014年10月23日~11月23日)=件数20件
 -海外主要国の感染者現況と防疫動向
 -感染症に関する知識・個人の衛生方法の紹介
・MERS(2015年6月14日~7月14日)=件数7件
 -海外主要国での感染現況と防疫動向
 -感染症に関する基本知識と個人の衛生方法の紹介
 -韓国を誹謗するための素材として活用(「MERSは南朝鮮政権勢力の反逆統治がもたらした人災」)
・新型コロナウイルス感染症(2020年1月28日~2月28日)=件数76件
 -海外動向を毎日報道
 -WHOの勧告内容を紹介
 -北朝鮮の各地方別の防疫活動を紹介
 -防疫の必要性を広報・参加を促す
 -感染症に関する知識・個人の衛生方法の紹介

 エボラ出血熱発生時には、非常態勢に入ってから1カ月間の報道件数は20件だった。MERSでは7件に過ぎなかった。しかし、今回の新型コロナと関連した報道は76件に達している。内容面では、共通して海外の主要国の感染者発生動向を伝え、該当感染症に対する基本知識や個人の衛生対策を紹介した。MERSの時には韓国内の感染者拡散動向を紹介し、韓国政府を誹謗する宣伝素材として活用した。しかし、今回のコロナ関連報道では、海外主要国の動向と個人向けの衛生対策に関することだけでなく、WHOの対応や北朝鮮の各機関や地域防疫活動の状況を紹介している。また国家による防疫活動に参加するように促したり、警戒を怠らないことを強調するなど、多様な内容を編集・報道している。

北朝鮮国内での感染者発生疑惑に積極的な対応

 北朝鮮は今回、コロナ事態に関する国内動向を随時、外部に明らかにしている。これまでにも北朝鮮内の感染者はいないという事実を対外的に宣伝してきたが、今回はより積極的で攻勢的だ。2月2日に実務責任者である保健省局長が朝鮮中央テレビで新型コロナウイルスが北朝鮮国内で発生していないと初めて言及し、2月18日と27日には保健政策責任者である保健相が、そして2月19日と4月1日には防疫事業を総括する国家衛生検閲院長が直接出演して感染者がいないことを強調した。

 メディアを通じて随時、感染者はいないという主張を繰り広げている。特に、米国務省報道官が「北朝鮮の防疫体系の脆弱性に対する憂慮」を表明した翌日となる2月15日、労働新聞で「感染者がいない」ことを強調するなど、外部からの疑問にすぐさま対応している。感染者がいないという主張だけを繰り返していたこれまでとは違い、今回は地域別に「医学的監視対象者」と外国人隔離者、隔離解除者の数を具体的に提示したことで、感染者がいないという自らの主張を根拠づけようとしている。

示唆と展望

 北朝鮮が今回のコロナ発生初期に強力な措置を迅速にとったことは、発源地が国境を接しており人的往来が活発な中国だという点を考慮したこともあるが、国内外の情勢をも考えたためと推測される。今年の国政の方向性として「自力更生による正面突破戦」を宣言した状況で感染症が流入・拡散すれば、国家運営戦略に深刻な蹉跌を招くとの情勢判断と危機感が生じたためだろう。

 また北朝鮮の劣悪な保健衛生環境を考えると、感染症が拡散すれば米国や韓国の支援を受けざるを得ない状況を招き、これを避けるためには外交的負担を甘受してでも中朝国境の封鎖などより強力な手段をとったものと思われる。

 金委員長が政策の失敗によるリスクを抱えて防疫に直接行動したことは、事案の重大性もあるとはいえ、状況発生から1カ月が過ぎた時点で防疫にある程度の自信を持ったためとも思われる。中国や韓国、米国、日本、EUなど多くの国家の感染者発生・拡散状況を見ると、強力な統制で被害を最小化すれば自らの功績として十分にアピールできるとの計算があったものと思われる。一方、北朝鮮内で感染者が発生する可能性があったにもかかわらず、隔離・解除者数を具体的に示し「国内発生者はいない」と強調していることは、正面突破戦を推進していく局面において、内部的には人民の動揺を抑え、外部的には自らの優越性を誇示することで戦略的に有利な立場をつくるという意図もあったようだ。

 このような点を考えると、北朝鮮は当分、国家の力量を総動員して自力で被害を最小化しようと注力するだろう。対外的には、国内感染者がいないことを今後も強調し、米国をはじめ外部の支援に対して消極的な態度を維持するものと思われる。今後、中国国内の感染者数の増加などを考慮し、適切な時点で収束を宣言して、防疫面での業績を金委員長のリーダーシップによるものと宣伝して住民からの支持を高め、正面突破戦の推進を国民に自信を持たせるために積極的に活用するものと予想される。
 



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