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5 携帯電話200万台を突破、北朝鮮は今「通信革命」中

鄭昌鉉の金正恩時代の北朝鮮を読み解く| 2016年06月09日(木)

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 2003年10月1日、平壌・高麗ホテル1階のカフェ。突然「プルルッ」という音に、食事中だった南側代表団以降は、誰もが自分のポケットに手を入れた。北朝鮮入国時、携帯電話を平壌空港に預けたことを忘れたまま、条件反射的にそんな動作をしてしまったのだ。

 この携帯電話は、真向かいに座っていた北側の人間が持っていたものだった。彼は自分が携帯電話を使うことを見せつけようとしたかのように、ひとしきり呼び出し音を鳴らした後に電話を受け、北朝鮮特有の抑揚で「いま食事中だから、後でかけ直す」と述べた。平壌に携帯電話が出始めてから新たに生まれた風俗となった。

草創期の携帯電話は「権力」と富の象徴

 高麗ホテルの地下食堂に勤務するある奉仕員に「携帯電話をよく使うようだね」と言うと、「主に地方出張が多い人間と貿易関係者が使っている」と答えた。北朝鮮では公式的に携帯電話を「移動式手電話」と言うが、一般住民は「タゴダ」と言う。中国語の「大哥大」という発音をそのまままねたものだ。

 当時でも、平壌で携帯電話の使用は「権力」と富の象徴だった。当時、北朝鮮の移動電話加入者数を正確に知ることはできないが、平壌には3000台程度が普及していたという。

 2003年、北朝鮮は「5カ年計画」を立て、07年までに移動通信ネットワークの完成、地方都市と主要高速道路に中継基地の建設、電話機のデジタル化、携帯電話技術発展のための投資、国際移動通信開通などを目標とした。しかし04年、平安北道龍川駅での爆発事件以降、携帯電話の利用は全面的に禁止された。

 それから3年後、北朝鮮は移動通信事業を再開する方針を決め、エジプトのオラスコムテレコム(OTMT)と総額4億ドルを投資する条件で合弁会社「高麗リンク」を設立。高麗リンクの発行株式数の75%はオラスコムが、残り25%は北朝鮮逓信省が持っている。北朝鮮の目標は2013年まで250万人を加入させるというものだった。

 2008年、再び移動通信事業が始まった。翌09年、北朝鮮の携帯電話加入者数は9万人に達し、10年には43万人を超えるなど5倍に急増した。11年には再び2倍増となる90万人を突破、12年2月には100万人を超えた。そして14カ月が過ぎた13年4月には200万台を突破した。

 オラスコムのナギブ・サウィリス会長は、事業開始当初、携帯電話10万台が出れば北朝鮮での事業妥当性について触れることができると述べたことがある。それが現在、すでにその20倍を超えたことになる。

北朝鮮全域で携帯電話が使用可能

 北朝鮮の人口が2400万人であることを考えると、北朝鮮住民の12人に1人が携帯電話を持っていることになる。このような情勢では、今年末には北朝鮮が目標としていた250万台普及は楽々達成できそうだ。

 1990年代後半、北朝鮮の電話普及台数は100万台程度だった。これから比べると、今は「通信革命」と言っても過言ではない。北朝鮮の劣悪な有線電話普及よりは、「第3世代移動通信」(3G)の移動通信を選択したわけだ。

 2008年末、初めて携帯電話サービスが開通した際、「うまくやれば数万台は売れるだろう」という予想を完全に超えた。北朝鮮内のサービス提供範囲も拡大、平壌をはじめ15の主要都市と100あまりの中小都市で利用可能となった。北朝鮮住民の94%が通話可能地域になっている。

 北朝鮮の携帯電話加入者数は、音声通話やメッセージ、ウェブ・ブラウジングを利用できる。携帯電話でゲームもでき、動画の撮影と編集も可能だ。

 特に、若者の間では携帯電話が必須アイテムとして見られるようになった。2011年に米ノーチラス研究所が発表した報告書によれば、平壌に住む20~50代の人口の6割が携帯電話を使用する。

 この報告書は、「一般市民だけでなく、20、30代の若い世代にも携帯電話が必須アイテムとなっており、多くの若者が携帯電話なくては生活できないほど」と指摘している。

 平壌科学技術大学のパク・チャンモ総長は「平壌科学技術大学内では、清掃などで働く北朝鮮住民もすべて携帯電話を持っている」と言う。

 2012年に平壌を訪問した海外同胞も「息子と娘があまりにもせがむので、経済的に無理してでも携帯電話を買い与える家庭が増えている。携帯電話の普及で業務の効率性や連絡の迅速性がこれまでと比べ驚くほど変わった」と言う。

 携帯電話以外にも、ノートパソコンやタブレットPC、デジタルカメラ、PDA、DVDプレーヤー、MP3プレーヤーなどの情報家電も驚くほどの早さで普及している。

 売り上げも急増し、オラスコムは2013年に1億5000万ドル以上の収益を上げるものと予想されている。同社のサウィラス会長が昨年、『フォーブス』とのインタビューで、「今後1年間、北朝鮮での携帯電話事業で総額1億4500万ドルの収益を上げるだろう」と明らかにしているためだ。

 同社側は最近、「営業実績が前四半期より約31%増え、オラスコムが株式の75%を保有する北朝鮮の高麗リンクが営業実績を牽引している。2013年3月まで、高麗リンクの価値が23億エジプトポンド、米ドルで3億3000万ドルへ成長した」と発表した。

 北朝鮮当局も、携帯端末の販売で莫大な財政収入を得ている。北朝鮮内の加入者が200万人を突破したことを考えると、当局は少なくとも2億ドル以上の収益を上げているものと思われる。

 高麗リンクが販売する端末は、加入費ととともに機種によって1台当たり250~400ドルで売り、最近では100~250ドルで売っている。携帯電話の番号は、韓国と同じ10ケタだが、番号は「1912」で始まる。「1912」は、北朝鮮の年号である「主体」元年、すなわち金日成主席が生まれた年を意味する。

 通話料は電信電話局や郵便局で納付するが、先払いで北朝鮮ウォンで5000ウォン以上を支払った後、必要な際に5ユーロ、10ユーロずつチャージして使う。

移動通信関連事業も登場

 移動通信事業が始まって5年目を迎え、関連事業も発展している。まず、北朝鮮自身が組み立て生産する携帯電話が登場した。

 北朝鮮は2012年4月10日から1カ月ほど開催された国家産業美術展示会で、約10機種の携帯電話のデザインを公開した。この展示会では、特に携帯電話部門の多様なデザインがお目見えし、タッチ式、折りたたみ式、子ども向け、老人用、夫婦用など16種に達した。公開されたデザインのなかには、サムスン電子やLG電子、ノキア、アップルなど世界的な携帯電話企業が生産している製品と似たデザインもあった。併せて、携帯電話のアクセサリーやケースなどのデザインも30種ほど公開されている。

 携帯電話事業が始まった当時、中国などで生産された端末を輸入して販売したり、中国から部品を持ってきて組み立てた後、「平壌」「柳京」などの自主ブランドを付けた製品を販売していた。デザインを公開したことは、中国製品などを輸入することで外貨の流出を防ぐため、自主制作の端末開発を強化しようとする動きだと見られている。

 北朝鮮は2012年、朝鮮コンピューターがタブレットPCを自主開発したと発表するなど、最近、IT機器の開発に注力している。実際に、北朝鮮は今年になってスマートフォンと似た新型携帯電話を上市、住民たちに販売しているようだ。この新型携帯電話は600ドル程度の価格で、テレビ視聴、音声認識、タッチペン、ゲーム、外国語辞典など、国際インターネットへの接続を除いた機能が入っているようだ。また、北朝鮮の自主生産端末が出始めて、端末の価格も100~200ドルになり、サービス開始当初からは半額ほどにまで下がっている。

 次に、北朝鮮はオラスコムが大株主となっている高麗リンクと別途に、「強盛ネット網」を開設し、自主的な移動通信事業に出た。新たな移動通信会社が誕生している。

 北朝鮮は2011年10月から、既存の「1912」で始まる番号に加え、「1913」で始まる新たな携帯電話の販売を始めたようだ。

 第3に、携帯電話の紛失・破損に対し補償する「携帯電話保険商品」が登場した。独民間団体のハンスザイテル財団が昨年初頭に撮影した「携帯電話保険」という宣伝物が写った写真には、「携帯電話の思いがけない事故や盗難で生じた損害」について補償するという案内が載っている。

 携帯電話保険を販売する企業の案内文によれば、加入者情報が入っているSIMカードの価格と登録費を除いた携帯電話端末機の価格の5%に当たる保険料を出せば、1年間は損害補償が可能という内容になっている。

 また、携帯電話の種類によって保険料がユーロ払いかドル払いで表示されており、保険に加入できる携帯電話の種類は17種類、保険料は5~11ドルとなっている。

 さらに、携帯電話に使用される専用プログラムが続々と登場している。2012年に普及した道路案内プログラムが代表作だ。在日本朝鮮人総連合会の機関紙である『朝鮮新報』は12年2月、「北朝鮮の電子工業省傘下にある電子顕微鏡研究所が、家庭と社会生活で使われる携帯電話専用プログラムを開発し普及している。平壌市の任意の場所を検索し、迅速に道案内を表示できるプログラムが人気」と報道している。

 同紙は「北朝鮮の道路案内プログラムが市内の旅客路線と区域別に道路を案内し、通り魔で測定できる。このプログラムは市内の機関や企業所を訪れる運転手や一般住民の間で広く普及している」と言う。

 このほかにも同紙は、携帯電話向け専用プログラムで料理レシピと電子家計簿のような「家庭主婦手帳」ソフトも紹介している。これらに先立ち、北朝鮮は携帯電話で『労働新聞』を読めるサービスも開始、携帯電話を利用した図書閲覧も可能になった。

携帯電話の利用が北朝鮮住民の生活文化を変える

 2002年に初めて平壌に携帯電話が導入された時、平壌の通りで携帯電話を利用している住民を見かけるのは本当に難しかった。10年が過ぎた今、少なくとも平壌の党利で携帯電話でメッセージをやりとりしたり、携帯電話で写真を撮って送っている姿をあちこちで見かけるようになった。これ以上、携帯電話が権力と富の象徴ではない、日常の姿となったことになる。

 携帯電話の爆発的な普及が、北朝鮮住民にどのような影響を与えるだろうか。1990年代に北朝鮮のロシア大使館で勤務していたアレクサンダー・マンスロフ博士は、2011年11月に米ノーチラス研究所が出版した特別報告書で、「北朝鮮は現在、デジタル社会に転換する入口に来ている。携帯電話が爆発的に増加したことなど、今後、当局の統制が弱まるだろう」と予測する。

 しかし、同研究所のピーター・ヘイズ所長とスコット・ブルース局長、ダイアナ・マートン研究員は、同じ時期に発表した報告で「北朝鮮の携帯電話やインターネット、イントラネットが北朝鮮政権に対する挑戦の基盤にはならないだろう」と分析している。

 明らかな事実は、携帯電話の利用が北朝鮮内の情報流通の速度を「革命的に」変えており、住民の生活文化をいち早く変化させているという点だ。だが一つの疑問が湧く。北朝鮮住民はどこのおカネで携帯端末を買い、利用料を出しているのか、ということだ。最近、携帯電話の価格が大幅に下がったとはいえ、加入費を含めて少なくとも100ドル以上はかかる。

 2012年2月、英『エコノミスト』は北朝鮮の携帯電話ユーザーは、通話とメッセージに平均13.9ドル程度を現金で支払っていると報道した。08年5月に筆者が平壌を訪れた際、平壌市内の売り場で500ウォンのアイスクリームを6個買おうとしたら、販売員は1ドルを要求してきた。1ドル=6000ウォン(市場レート)だと言う。当時、ホテルで通用する国際レート(貿易レート)は、1ドル=100ウォンだった。

 最近、平壌の光復通り商業中心(スーパー)では、訪朝した海外同胞や外国人を優遇する「国内協同貨幣価格」を適用し、1ドル=8000ウォンで交換している。国際レートは1ドル約120ウォンだった。

 それならば、北朝鮮住民に携帯電話の利用で国際レートを適用すれば、少なくとも1万2000ウォン、2008年の市場レートを適用すれば60万ウォン、13年の国内協同貨幣価格では80万ウォンを出して端末を買った後、毎月の使用料として平均1680ウォン(国際レート)、8万4000ウォン(市場レート)、9万6000ウォン(協同貨幣価格)を支払わなければならない。

 このため、国内外の大多数のメディアや専門家は、「北朝鮮の多くの労働者が月給2000ウォン程度なのに、一般住民には到底、携帯電話の利用は考えられないほどの金額だ。したがって、携帯電話はごく少数の富裕層だけが使っている」と分析する。

 北朝鮮の携帯電話普及台数が100万台に肉薄する際、ある脱北者は「現在、北朝鮮の携帯電話の価格は約350ドルで、国民の平均月収は15ドル。ただ、携帯電話の所有に階級的制限はなく、端末価格がとても高いため、多くの国民が買える状況にない」と言ったことがある。

 しかし、このような証言は現在北朝鮮現地で起きている事実をきちんと評価していない。北朝鮮ではすでに携帯電話ユーザーが200万人を超えた。機関での利用者10万人を除く、あるいは一世帯で2台以上の携帯電話を使用しているとしても、状況はそれほど変わらない。北朝鮮のごく少数の富裕層・特権者が、200万人を超えることはありえないからだ。

 北朝鮮の目標通りに今年に250万人を突破するのは確実であり、いまのような状況であれば、利用者数は今後も増える。北朝鮮のごく少数の富裕層が爆発的に増加しているだろうか。北朝鮮に商売や貿易などでカネを稼いだ層が、それほど多いだろうか。それでなければ、オラスコムが発表している北朝鮮の携帯電話加入者数が創作されたものだろうか。どちらもそうではないだろう。

 『エコノミスト』は平壌駐在外交官の言葉を引用し、「多くの利用者がユーロ紙幣を手にして高麗リンクの売り場に来ている。彼らは非公式的な取引で外貨を入手しいてる」と伝えている。外貨で携帯電話を買う北朝鮮住民が急増しているのは確実だ。一部消息筋は、携帯電話の加入費と基本使用料を公式レートで出し、基本使用料を超えた金額はユーロで支払うという。とはいえ、北朝鮮住民の平均月収が2000ウォンであれば、それでも高額だ。月収2000ウォンの住民がひと月1680ウォンを支払えば、携帯電話を利用できなくなる。

 結局、北朝鮮で200万台以上の携帯電話が普及し、毎月の使用料を出して利用する事実をそのまま受け入れれば、結論は一つ。北朝鮮住民の相当数が携帯電話の端末を購入できる外貨、あるいはそれに該当する北朝鮮ウォンを持っており、毎月少なくとも1680ウォンを支払える経済的能力がある、あるいはそれに当たる月給を受けているということだ。

(2013年6月3日)


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