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北朝鮮・金正恩の「委任統治」は本当か

ニュースリリース|トピックス| 2020年09月09日(水)

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 「北朝鮮の国家運営方式が、『委任統治』になっている」。韓国の情報機関・国家情報院が8月20日に指摘した内容が波紋を広げている。北朝鮮の最高指導者である金正恩・朝鮮労働党委員長が自分が抱え込んでいる職務を側近らに“委任”することで権限と責任を分け与えているというのだ。

 これまで、北朝鮮の国家体制といえば最高指導者がすべてを判断し、すべてを実行するスタイルとのイメージが強い。だが、国家情報院がいうほど「委任統治」が進んでいるといえるのか。

北朝鮮は朝鮮労働党が支配する国

 「委任統治」という言葉について、同じ韓国の統一省は「役割分担」という言い方が適切ではないかと反論している。北朝鮮問題に詳しい韓国・平和経済研究所の鄭昌鉉所長は、「国家情報院が現状の統治スタイルについて適切な概念を探せなかったり、過去の歴史を参考にしなかったのではないか」と指摘する。ほかにも、「委任とすれば金委員長の健康状態が悪い、あるいは統治スタイルに大きな変化があったといった誤解を招く」と批判する北朝鮮専門家が少なくない。

 北朝鮮は朝鮮労働党が指導する体制だが、その指導方式はこれまでも多様だった。1948年の朝鮮民主主義人民共和国建国以来、故・金日成主席は「首相」であり、1972年には「共和国主席」という肩書きだった。1994年に死去時は「朝鮮労働党総書記、同党常務委員」などの肩書きもあった。そして1974年に故・金正日総書記が党政治委員となり後継者として確定して「唯一指導体系」を構築してからは、権限や業務量が急増したという背景がある。

 鄭氏は一つの逸話を紹介する。「当時の金正日総書記には書記室といったものがなかったので、報告をしたり決裁を受けようとすれば金総書記の部屋の前で列をなして待ち、先着順に決裁がされていた。そうなる前までは、決裁すべき文書は文書箱1個程度だったものが、大きなトランク1つぶんにまで膨れ上がった」という。

 そのような報告には、党中央委員会(朝鮮労働党の最高機関)のすべての部署へ毎日上げられる報告書や、当時の中央人民委員会や政務院、人民武力省といった省庁など多くの機関や単位、地方等委員会の報告書があった。さらに、「労働新聞」といった各種メディアから上がってくる報告書や社説・論説、党で作る講演資料や小説や演劇の台本といった文学・芸術分野のものなどが決裁を待っており、それは数千を超えていた。

労働党の規則を無視しない金委員長

 現在の金正恩委員長も、基本的にはこのようなシステムに沿った働き方をしているものと思われる。ただ、それなりに業務範囲を調整しているのは確かだ。それは「どの国も大統領や首相はすべての分野に対して直接管理できず、側近たちに責任・権限を分けるしかない。それは北朝鮮も同じ」(韓国・国民大学のアンドレイ・ランコフ教授)であるためだ。当然、そのような組織運営は、その時の重要課題への対処など、現状に合わせて行われていることは間違いない。

 また「金委員長は、自分の父(金総書記)と違い、党の規則を無視しない傾向がある」とランコフ教授は指摘する。実際に、2012年に金委員長が本格的に政権を担うようになってから、会議の開催が目に見えて増えている。金委員長は、本来は5年に1回の開催となっている党大会(第7回)を、2016年に32年ぶりに開催した。最近では、2021年1月に第8回党大会の開催が予告されたばかりだ。8月に入ってからも、政務局、政治局、総会の各会議で計5回の会議を行っている。

 ほかにも労働党規則に従って総会や代表者会など、金総書記時代には開催が知らされなかった会議が相次いで開催・報道されるようになった。このような会議の後に発表された内容で目立ってきているキーワードがある。それは、「討議」という言葉だ。

 例えば、2020年4月11日に朝鮮労働党中央委員会政治局会議が開催された。政治局は同党の最高指導機関だが、翌日4月12日付の「労働新聞」社説でも「討議」という言葉を用いて金委員長の政治スタイルを表現している。

 「敬愛する最高領導者同志は前進する途上に難関が生じ、革命の前に重大な課業が提起されるたびに、党と国家の重要会議を正常的に招集しようとした。党中央委員会全員会議(総会)と最高人民会議をはじめとする会議で重要な路線上の問題と最近の情勢を打開するための対策的問題を討議・決定しようとされ、全党的な討議すべき事案が党員と勤労者を呼び起こす思想動員過程、作戦過程、任務分担過程へとなるようにされた」

党内の合意プロセスを重視

 確かに最高指導者がすべてを統治するものの、党内の意志決定では党員や一部幹部らに問題の解決を研究させ、討議して結論を出させ、それを最高指導者が決定していくという、いわば合意的、民主的プロセスを実践しているということを強調しているのではないだろうか。

 この過程で、金委員長が権限と責任を側近らに移し、足下で生じている問題や中・長期的な問題や戦略を研究・討議させているのは間違いないだろう。そのうえで、党政治局や総会、党大会を党規約に沿って正常に開催・運営していくという方針は、「集団的協議体系の強化を意味する」(前出の鄭所長)。

 「委任する」と発表されたことで、金委員長の健康不安説がその理由ではないかとの指摘も出ている。しかし、それよりも金総書記時代の変則的な党・政治運営を徐々に本来あるべき姿に戻しつつ、実状に合わせて組織形態や運営を変えるという金委員長の従来からの方針に沿って動いているとみたほうがよさそうだ。


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